東芝情報システム株式会社

カオス理論との出合いでつくられた研究者としての成長ストーリー

若者たちの間で「統一性がない」「ごちゃごちゃ」などの意味で使われている「カオス」。混沌とし、さまざまなモノや事象が入り乱れてめちゃくちゃで理解できない様子は、そもそも初期の僅かな誤差が拡大されて最終的に無秩序に至るという「カオス理論」に由来しています。今回は、当社の社会人留学制度を利用し、京都大学でカオスの定量化と心拍データ分析への応用に関する研究に従事する一人の研究者を取り上げました。素晴らしい指導者との出合い、孤独との戦い、博士の学位取得、カオス研究の将来展望をご紹介します。
技術統括部
真尾 朋行

技術統括部
真尾 朋行

カオスとの最初の出合いを教えてください

私とカオスとの出合いを語るには、良き指導者である同僚の奥富氏との出合いをまず語らなければなりません。当時、既にカオスと乱数の研究について博士の学位を取得していた奥富氏は、次なる目標として、心拍データ分析にカオス理論を応用しようと考えていました。私が入社した時に接点はなく、もちろんカオスとの接点もありませんでした。
画像1-1
          左:真尾氏 右:奥富氏
ところが、私が物理学の出身で数値計算を得意としていたことから、データ分析を一緒にやってほしいと声がかかりました。後から聞いたことですが、同じく物理学出身の奥富氏は、互いの基本的な考え方が非常に似ていることから「共に将来良い研究ができる」と直感したそうで、データ分析要員としてではなく研究者として育成したいと考えていたそうです。初めは雲を掴むような手探り状態でしたが、2013年頃の奥富氏との、そしてカオスとの出合いをきっかけに、研究との関わりが深いものになっていきました。

博士課程に進学することになった経緯を教えてください

最初私は、心拍データ分析にカオスを取り入れることは半信半疑でした。もとより、カオスとランダムの違いや、エントロピー(複雑さや不規則さを表す情報量)との関係が疑問でした。

しばらくして、カオスとエントロピーの関係を示唆する論文に出合いました。その論文では、カオスとは情報理論で定義される条件付エントロピーと、本質的に同じであることが示されていました。しかし、両者には明らかな「差」がありました。私はしだいに「両者の差は何か?」「両者を等式で結んだ数式を作りたい」という欲が出てきました。

このようにして、私は博士課程に入学し、数式と格闘する日々を送ることになります。初めは失敗の連続でした。昼も夜も考えを巡らすようになって半年が過ぎたころ、両者の差は、計測上の誤算の情報量と考えた場合にうまく説明できることに気づきました。新しい定理が誕生しました。私が与えた数学的証明は、あまりにも初歩的で簡潔だったので、しばらくは戸惑っていましたが、ある研究会において「カオスとエントロピーについてこんな関係が見つかりました」と何気なく話したところ、同席していた教授陣を驚きの一色に染めてしまったようです。

この一件を境に、私は研究会の間で「研究者」と認められるようになりました。続いて3件の論文を執筆し、特に3件目の論文は学会から賞を賜りました。その後、博士学位論文を執筆し、審査を経て、無事修了することができました。なお、京都大学の学位授与式では、各研究科の代表一名が総長から学位記を手渡されることが慣例となっていますが、その代表に選ばれたことも大変光栄でした。
          上田先生によるスケッチ(1961年)※1      計算機シミュレーション※2          
画像2-2
          アナログ回路に現れるカオス 上田先生の手描き(1961年)との対比

※1 出典:上田睆亮、「カオス現象の発見とその影響」、第58回理論応用力学講演会特別講演3、2009年
※2 アナログ回路の方程式を計算機シミュレーションしたもの(Mathematicaを利用)奥富、2023年

研究を続けていくうえで周囲の環境はどうでしたか

京都大学の梅野教授に社会人学生として受け入れていただいたのですが、教授自身も実験に参加してくださるなど、たいへん気さくで協力的な方なので、いろいろな挑戦をすることができました。研究室での議論では良い刺激を受け、ほかの学生からの鋭い本質的な質問を受けて、はっとすることもありました。定時に出社してデスクに向かうような一般的な会社員の生活スタイルではなく、学生としての生活の中で研究に没頭できたことが新しい研究成果を生み出すことにつながったと思います。特に私の行っているカオス研究の分野では、特別な機材や材料などを必要としないため、時間や場所にとらわれず、思い付いたことをすぐに計算機上で試行錯誤しながら研究を進められました。また研究室の合宿にも参加し、普段と違う環境で議論することで、学生生活でしか得られない新鮮なアイデアに触れることができました。
画像1-1
          京都大学での学位授与式 情報学研究科を代表して総長から学位を授与
画像1-2
私がこうして研究を続けられたのは、当社に社会人留学制度があったからです。本制度は、あるテーマの研究や技術の習得などを目的として大学に留学できる制度です。他社にも同様の制度がありますが、成果が出ない場合は留学を打ち切ることが多いようで、実際にそのような仲間を多く見てきました。当社の場合は学位取得まで一貫した研究環境が用意されていました。この点は会社に深く感謝いたします。また、孤独な戦いの中で、奥富氏をはじめとする所属部門の方々の温かい理解と支援が不可欠でした。何よりも教授の助言によって多くのことが救われました。

カオスの応用によってどのような世界が広がると考えていますか

心拍データとカオスの研究では、心拍の変動の様子をカオスという視点から測ることで新しい発見がありました。それは脳の活動や精神的な負荷が心拍のカオス性に影響するというもので、将来は心拍のデータを測るだけで脳の活動状態がある程度判るようになると考えられます。技術として確立し、事業化につなげるには科学的な正しさを認められる必要があり、現在も実現に向けた研究を継続しています。
画像4-1
カオスの応用は、医療の分野に限った話ではありません。カオスに関する研究は科学全体から見れば新しい学問領域で、カオスは電気、気象、生命、経済など幅広い分野の現象に関係する数学的な性質です。カオスが今後どんなことに応用されるか、どのような技術に結びつくかは未知数です。一見複雑で捉えどころのない現象やデータに対して、カオス分析という新しい視点から光を当てることで、今まで解明されていなかったメカニズムが明らかになることは十分あり得ることだと思います。このように、大きな可能性が広がっているカオス研究を通じて、イノベーションの創出と、社会的課題の解決に貢献していきたいと考えています。

※記事内における内容、組織名、役職などは2024年6月公開時のものです。
※本文中の会社名および製品名は各社が商標または登録商標として使用している場合があります。

お気軽にお問い合わせください。当社の製品・サービスは企業・団体・法人様向けに販売しております。