東芝情報システム株式会社

若手エンジニアと挑戦したAIの開発効率化技術

当社は組込みソフトウェア開発企業として長年業界をリードしてきました。当社が関わるシステムは多岐にわたり、その中には自動車や社会インフラ向けのAIを搭載した組込みシステムも含まれます。当社はAIの開発効率化に取り組んでおり、今回は若手エンジニアとベテランエンジニアが二人三脚で取り組んだAIの開発効率化技術を開発したエピソードについて紹介します。
エンベデッドソリューション事業部
高橋 純也

エンベデッドソリューション事業部
高橋 純也

AIを取り巻く業界の動きについて教えてください

AIには音声認識AIや自動運転AIなどがあり、我々の生活を豊かにしてくれる存在です。AI市場は技術進化により日々成長しており、特に、2010年代に急速な進化を遂げた深層学習(Deep Learning)と呼ばれる技術は、それまでの音声認識や画像認識の性能を大きく凌駕するものでした。AIはその性能の向上と共に用途が拡がり、各企業が投資を増やし、優秀な人材をAI分野に集めてAI性能が更に向上する・・・・。この好循環が第三次人工知能ブームを巻き起こし、現在もその流れは続いています。

皆さんにとって身近なAIと言えば、スマートフォン上で動作する音声認識AIやChatGPTなどの生成AI、翻訳ソフトで用いられる言語AIなどでしょう。これらのAIは強力な演算リソースを必要とすることから、演算処理はクラウド上のサーバーで行い、端末側はその演算結果を受け取って画面表示を担うという方式が主流です。しかし、演算処理をクラウド上のサーバーではなく、端末で演算処理まで完結するAIも存在します。ここで言う端末とは組込み機器のことで、組込み機器上で動作するAIはエッジAIと呼ばれ、社会のあらゆるところで稼働しています。

例えば、自動車のAD/ADAS(自動運転/先進走行安全)機能が該当します。カメラやセンサーの情報をもとにエッジAIが外界の状況を瞬時に判断し、運転手に代わってハンドルやブレーキを操作します。2021時点で新たに販売される乗用車の半数にAD/ADAS機能が搭載されていると聞けば、エッジAIが如何に身近なものなのか理解できるでしょう。エッジAIの開発には、新たなAIを開発する研究者、AIを組込みシステムに実装するシステムエンジニア、AI性能向上を担う学習エンジニアなど、多くの人手が必要で、慢性的に人手不足の状態です。人手不足を解消するために、当社はAIの開発効率化について早くから着目しており、「自動アノテーション技術」の開発を進めてきました。その結果、自動アノテーション技術において世界トップクラスの精度を達成することができています。

当社の自動アノテーション技術とその開発経緯について教えてください

当社の自動アノテーション技術は世界トップクラスの精度を誇ります。処理速度は人間の1,000倍高速で、AIの開発コストや期間を大幅に圧縮することができます。当社自身がエッジAIの開発に携わる企業であり、AIの開発コスト増大に歯止めをかける必要があったことが、この自動アノテーション技術開発のきっかけです。

AIの開発コストが増大する要因は、AIの進化にあります。現在主流のAIは「教師あり機械学習」というカテゴリに属します。教師あり機械学習では、AIが学習するための正解/不正解を示すデータが大量に必要とされます。この時に用いられるデータが教師データと呼ばれ、その作成行為がアノテーションです。

昨今のAIは高い精度を実現した代わりに、より多くの教師データが必要になりました。1万枚の教師データで必要性能を確保することができた時代と異なり、最近のAIは10万枚単位での教師データを必要とすることも少なくありません。
また、AIの進化により教師データ1枚当たりの作業量も増加しました。AIが教師データからオブジェクト検出するだけの単純な機能だったものから、ピクセルレベルでオブジェクトの形状に沿った判定を行うことになったことで、塗り絵のようなアノテーション作業が必要になりました(図-1)。これにより従来の単純なアノテーションから作業時間が10倍以上に膨らみ、アノテーションコストは100倍以上になりました。
画像2-1
                         図-1 アノテーション作業量の増加


そこで私たちは「アノテーションが得意なAI」を開発し、mIoU精度85%(※1)の教師データを人に代わってAIが10秒で生成できる自動アノテーションシステムを実現しました。これは当時のAI世界ランキングでもトップクラスの精度です。

※1 mIoU(mean Intersection over Union):画像認識精度指標の一種

自動アノテーション技術によりコストと期間が大幅に圧縮できるようになりましたが、他にも大きな効果を得ることができました。それは、お客様のAIの性能向上です。AI開発にはMLOpsと呼ばれる手法(図-2)が採用されます。MLOpsは開発サイクルを繰り返しながら、AIの性能向上を目指すものです。当社の自動アノテーション技術はMLOpsと相性が良く、開発サイクルの大幅短縮によりAI性能向上の機会を増やすことができます。例えば、従来ではアノテーションデータの作成と評価に7日以上要していたものが、自動アノテーション技術により1日以下に短縮できるようになりました。私たちの自動アノテーション技術にMLOpsを採用することで、お客様が開発するAIに新たな価値をもたらすことができるようになったのです。今後は、自動アノテーションの技術力が最終的なAI製品の性能向上に貢献していくことになるでしょう。

         [MLOps]
         Machine Learning Operations の略。
         AIの実装、学習、評価、フィードバックを繰り返しながらAIの機能・性能を向上させる開発手法。
         ML(機械学習)とOps(運用・評価)の統合的な実施により、スムーズで高速な開発サイクルを実現する。                        
画像2-2
                MLOpsではトライ&エラーを繰り返しながらAI性能の向上を図る
                          図-2 MLOpsの特徴

当時の開発エピソードを教えてください

印象に残っていることが2つあります。
1つはAI技術のコンセプトに関係するエピソードです。我々の自動アノテーション技術のコンセプトは「大量の教師データで学習することにより、教師データに多少の間違いが含まれていてもカバーされる」というものです。多数決に似たイメージを持って頂ければよいと思います。「多少の間違い」を許容することでAIの精度を落とすことなくMLOpsのサイクルを短くしてAI開発を加速する大きな効果が得られます。あるとき、このコンセプトに適しているお客様の開発に出会えました。そのお客様は 100%正しい教師データを使うAI開発を計画していらっしゃいましたが、我々のコンセプトに「なるほど!」と興味を示して一緒に取組むことになりました。この体験から、我々の自動アノテーション技術を適用することでAI開発効率を大きく改善できるお客様が他にも大勢いるはずだと実感しました。
もう1つのエピソードは、若手の成長に関することです。我々の自動アノテーション技術の開発は若手を中心にしてベテランがサポートする形で進めました。若手を育成しつつ、ベテランの技術を継承するという点で、非常に良い開発体制でした。途中、私がプロジェクトから離脱していた時期がありましたが、その穴を若手がしっかりと埋めてくれました。若手自身も仕様検討や開発業務など多忙な中、開発成果物の確認から上層部への進捗報告まで、管理業務を含む様々な業務をこなしました。いつの間にかプロジェクト全体を管理できる能力を習得してくれた点は、何にも代えがたい大きな成果です。当社では若手がプロジェクトをリーディングすることも少なくありませんが、周囲のメンバによるサポート体制が充実していることが、功を奏したのだと思います。
画像1-1

今後の意気込みを教えてください

今後も、エッジAIを含めた組込みシステム市場は成長していくことが見込まれます。エッジAIの開発にはまだ多くの解決すべき課題があり、今後どのような分野の研究を進めていくべきか、日々勉強しながら戦略を練る必要があります。また、当社のビジネス領域は自動車、社会インフラ、半導体など多岐にわたり、それぞれのビジネス領域のお客様から組込みシステムの専門家として信頼を得ています。今後も組込みシステム業界のリーディングカンパニーとして、お客様のビジネス拡大に貢献していくためにも、多くの学びが必要です。私たちは、お客様が必要とするモノや技術を常に先回りして生み出していく必要がありますが、当社の技術は全て社員の知的な生産活動から生まれるものです。そのため社員ひとりひとりの成長が欠かせません。若手とベテランが互いに助け合いながら成長し、その成長の成果として、自動アノテーションのような技術を次々と生み出していきたいと考えています。

※記事内における内容、組織名などは2024年11月公開時のものです。
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